小諸城



小諸城の歴史を訪ねる。
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三の門(裏側)
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穴城
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懐古園入り口
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小諸城跡懐古園案内板
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小諸城通称 酔月城 穴城 白鶴城 鍋蓋城

城郭構造 平山城

天守構造 不明3重

築城主 武田信玄

築城年 1554年(天文23年)

主な改修者 仙石秀久

主な城主 武田氏、仙石氏、牧野氏など

廃城年 不明

遺構 大手門、三之門、天守台、石垣、

空堀

指定文化財 重要文化財(大手門、三之門)


小諸城は 長享元年(1487年)に大井光忠によって築城されたと考え

られている。

戦国時代、武田信玄の東信州経営のために現在の縄張とされた。現在

残っている城跡の元になったものは信玄の軍師であった山本勘助の

縄張りだと言い伝えられているが、根拠となる史料はない。

安土桃山時代から江戸時代にかけて、石垣を構築した近世城郭に改修

された。現在のような構えとなったのは仙石秀久の改修によるもので、

三重天守もその頃に建てられたものであった[2]。天守には桐紋の

金箔押瓦が用いられていたが寛永3年(1626年)に落雷によって

焼失している。

城郭は城下町である市街地よりも低地に縄張りされ、市街地から

城内を見渡すことができ、このため穴城とも鍋蓋城ともいう別称がある。

また、浅間山の田切地形の深い谷を空堀として利用しており、西側の

千曲川の断崖も天然の防御陣として利用されている。




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posted by oojijisun at 11:04 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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